イデアに新風❗️ 鳥居 大輔さんインタビューEpisode❷

いつもイデアのニュースサイトをご覧いただき、ありがとうございます(^^
今回も“鳥居大輔さん”のご紹介をお届けいたします。

Story Epsode1.《天才少年時代》自由に音楽を楽しんだ幼少期

Story Epsode2.《ピアノと音楽に捧げる学生時代》高校1年生で全国大会1位を獲得!

Story Epsode3.《音楽から距離を置く、そして本当の想い》

高校1年生で全国大会1位を獲得!
そして人生で一番きつかったエピソード。。。


その後、西宮高校音楽科に進学された鳥居さん、

才能は益々開花することになります!

そして、高校1年生の時にピティナピアノコンペティション全国大会金賞受賞!!


【インタビュアー】

ーー西宮高校の音楽科はどんな高校だったのですか?

《鳥居さん》

西宮高校は音楽高校なので、学校は音楽漬けの日々でした。ほぼ音楽しか勉強してないんです。


ーー高校時代、ピアノをしていて1番きつかったと思うことはなんですか?


《鳥居さん》

え~とね~…

一番きつかったのは…高校時代というか人生で一番きつかったことかもしれませんが…。

高校1年生の時にピティナの全国大会で1位になって、受賞者のガラコンサートというのが各地で行われるんですね。

で…
最終のコンサートが東京のカザルスホールという所だったんですね…

10月くらいから始まって11月、12月と一ヵ月毎にどこか地方で弾くんですけど…


僕の先生が厳しくて(-_-;)

全部違う曲を弾けと。。。しかも大曲ですよ~(笑)
各会場で全国の入賞した子たちと会うわけですよ。。。


それで、
みんな毎回同じ曲を弾いてるのに(-_-;)
ぼくだけ毎回違う曲を弾いてたんです。

それでも、最初はなんとかなってたんですけど。。

最後のカザルスホールの時に「プロコフィエフという作曲家の戦争ソナタ七番」という曲を

弾くことになって。高校1年生にしたら、すっごい超絶難しい曲なんですけど、

それをまた…一ヵ月で仕上げないといけない。
譜読みだけでも大変だし、どう考えても弾けるようにならないやん(-_-;)と思ってました。

先生にも「そんなんやったら、もう出るな!」とボロクソに言われながら…

怖いでしょ~(笑)

金賞なので、
ちゃんとした演奏をしないといけないじゃないですか…
だから、その時は、もう眠る時間もないぐらい憑りつかれたように、
2週間の間、1日20時間くらいは練習したんじゃないですか。。。(;'∀')


そしたら…😢

人生で一回だけなんですけど、
指ぜんぶの毛細血管が切れて血だらけになったんですけど。。。(;'∀')

よくあるじゃないですか~ ベートーベンが血でるまで練習したとか…
でも、そんなんありえへんやんて思ってたんですよ(;'∀')


それが、痛くもなんともないんですよ。。

でも気づいたら、あれっ鍵盤が真っ赤になってるっていう。。。(;'∀')

なんか指をちっちゃい針でさしたようなのがいっぱいあって、

気づいたら真っ赤なんですよ。

それ見て、本当に指から血が出るんやって思いました。。。(笑) 
でもそのまま練習し続けるしかないので、そんなことがあっても練習し続けて… 

だけど
結局直前になっても仕上がらなかったんです(涙)

一応、暗譜はしたし、弾けるようにはしたけど、
でも一回として完ぺきに弾けたことがなくて…

で、リハーサルもボロボロで…どうしょうかなと思いながら…
とりあえずなんか食べようってなって。。

その時、父親が「牛丼たべてからいくか…」と言ってくれて

近くの御茶ノ水で牛丼を食べたんですけど、
やっぱり牛丼がのどを通らなかったですよ。。。(;^_^A


それが当日ね、

舞台に出て、いざ弾き始めたら、

最初の1段目がむちゃくちゃ上手く弾けたんですよ。

あれっこれいけるんちゃうかなって思って

気づいたら最後まで弾いてて

自分の中では、あ~っこんな上手く弾けたことないわっていうぐらい

上手く弾けたんです(*^-^*)

それは本番一回きりでしたけね。。

ーーその時、どんな感覚だったのですか?

《鳥居さん》

なんか、指が吸い付く感覚と、
これ変な感覚なんですけどね…

本番でね、
なんか変な力が降りてくるんですよ。。。
見えない力に助けられたというか、守られたというか。。。

あれだけ練習したから、神様がご褒美くれたんかなとか思って^_^
その時は、努力が実ったのかなと思いました。


ーーその怖い先生も、その時は褒めてくださったんじゃないですか?


《鳥居さん》

その後、ヨーロッパのコンクールに行く予定だったんですが、
その先生は一言「こんなんでヨーロッパは通用しないんじゃないの」って言われました(-_-;)

さすがにその時はうちの父も「今日ぐらいは褒めてあげてくださいよ」
ってちょっとキレてました。


ーー血まで流して、やり切ったのに、
でもきっと、その先生は鳥居さんにかなり期待されてたんですね。
ここで褒めたらあかんと思われたんだと思います。


ーープロフィールを拝見すると、たくさんのコンクールでの受賞歴をお持ちですね。


《鳥居さん》

学生時代いろいろとコンクールを受けてたので、ヨーロッパのコンクールとか、学生音楽コンクールとか、教育連盟のコンクールとか

あと神戸市がやっている地域のコンクールとか、いろいろなコンクールに出ました。

ーーそこでも数々の賞を受賞されてるんですよね…


そんなことないんですよ(;^_^A

予選落ちとかもあるんですよ
ピティナの予選の練習として出た神戸市のちっちゃいコンクールで予選落ちをして…(;^_^A

まあ、あんまりうまく弾けなかったんですけどね
でも予選は通るかなと思ってたら落ちて(-_-;)

その後、
同じ曲でピティナのコンクールで全国まで行ったんです。。。

自分の気の持ちようとか
いろんな空気があるんでしょうね…^_^

《note》

鳥居さんは高校時代、音楽漬けの日々の中で、色んな経験を経て、音楽を通して自分と向き合い乗り越える、そんな大切な時間を過ごされたように思います


ピティナピアノコンペティション全国大会金賞他、さまざまな国内外でのコンクールで受賞。

また高校在学時に、兵庫県より、学校教育や社会教育等の分野で、多くの人々の模範となるような行為や有益な研究・発明をした個人や団体を表彰しその功績を讃える『ゆずりは賞』も授与されてます。幼少期からの音楽的才能を輝かしく花咲かせた高校時代でした。


その後
西宮高等学校音楽科卒業後、東京音楽大学ピアノ演奏家コースへ特別待遇奨学生として入学。

鳥居さんの音楽の道は、しっかりと築かれて行きます。

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ここまで読んでいただきありがとうございました。

次回は最終章  Epsode❸ 《音楽から距離を置く、そして本当の想い》をお届けいたします。

Epsode❸まで読んでいただいた皆さまに、イデアより嬉しいお知らせがあります♪
次回もお見逃しなく!

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